2008年01月25日
組長と言えば
このお方ですよね!
藤原 喜明(ふじわら よしあき、1949年4月27日 - )は、日本のプロレスラー(フリーランス)。岩手県和賀郡江釣子村(現:北上市)出身。自身の個人事務所・藤原組所属で、芸能マネジメントはウォーターオリオンが受け持っている。
プロレスラー以外に俳優・タレントとしても活躍している。関節技の鬼という異名をとり「藤原組長」の愛称で親しまれている。
1972年に新日本プロレスに入門。デビュー戦は同年11月12日、和歌山県白浜町阪田会館の藤波辰巳戦。新人時代からカール・ゴッチに師事して、関節技をはじめとするレスリングの技術を学ぶ。テクニックにはすばらしいものがあったが、華がなく、前座試合を続ける。しかしアントニオ猪木のスパーリング・パートナーに抜擢され、海外遠征にも帯同した。
それまでは猪木の用心棒というだけで単なる前座の一レスラーに過ぎなく新日本のファンでしかその存在を知るに過ぎなかったが、1984年2月3日の札幌大会で、長州力を試合直前の花道で襲撃し“テロリスト”として一躍脚光を浴びる。その日以来長州力率いる維新軍団との抗争で無くてはならない存在になる(実際その頃からワールドプロレスリング(テレビ朝日)では、関節技を主体とした独特のファイトスタイルや、その一度見たら忘れられない人相も相俟って毎回中継に登場するレスラーとなり一躍知名度が上がった)。その後は愛弟子の移籍に伴い、同年6月に第1次UWFに参加。ここで漸く持ち前の関節技のテクニックを披露し、プロレスマスコミのバックアップもあり硬派のファンの注目を集める。新日本復帰、第2次UWF参加を経て、1991年3月に藤原組を旗揚げしたが、二度に及ぶレスラーの大量離脱(1993年にパンクラス、1995年に格闘探偵団バトラーツが分裂)を経て、団体としての機能を失った。以後はフリーランスとして選手活動を続けている。その技術を見込まれ、男女問わず(特に神取忍はほとんど弟子といっても良い関係で各種の関節技及び一本足頭突きを伝授されている。)指導を請う後輩レスラーも多い。ZERO-ONE(現ZERO1-MAX)時代はフリーとしての参戦ながら橋本真也のタッグパートナーや若手選手の指導員としても貢献する。(ただし、指導はしても弟子は取らないと発言していて、弟子入り志願者にはバトラーツに行くように勧めている)。
前座時代は「イラストが得意」「無口」で有名だったが、近年の活躍を見ると「無口」は何だったのだろうか?と思わせることがある。なお、イラストについては、“テロリスト”として脚光を浴びる前から、東京スポーツ刊行の隔週タブロイド誌「ザ・プロレス」で読者投稿の批評コーナーを持っていた。
「長州襲撃」以前に1回だけTVでその試合が放送され玄人ファンを喜ばせた(木村健悟&藤原喜明vsディック・マードック&バッドニュース・アレン)。
さらにそれ以前、1982年1月1日に後楽園ホールでの「元旦決戦」にて行われた、カール・ゴッチとのエキシビションマッチが、TVの生中継(「新春プロレススペシャル」)で流れたこともある。
新日本に出戻っていた時期(1986年)に、東芝EMIより「湯の町ひとり」というシングルを出している(ただし、UWF事務所での通信販売のみ)。
プロレスマスコミのインタビューに対し、おふざけが多い事でも知られる。最も有名なのは、毎年作成された雑誌企画のレスラー名鑑の「抱負」の欄にダジャレをコメントする事である。またUWF所属の頃に抱負を聞かれて、「PWFのチャンピオンになる」と答えた。当時、全日本プロレスとUWFの間に接点がなかった事や藤原自身が説明をしなかった事から、謎として残ったが、後に自ら興した団体を「新生UWF・藤原組」から「プロフェッショナルレスリング藤原組」に改称した際に、その略称がPWFとなると気付いたプロレスマスコミが納得して、改めて当時の抱負を紹介した、というエピソードがある。
芸能活動も行っており、出演したテレビ番組、映画、Vシネマは多数あり、その風貌から暴力団関連の役(もちろん他の役を演じることも多々ある)が多い。オールスター感謝祭には、毎回のように参加している。また、イラスト執筆、盆栽、浪曲鑑賞、陶芸などの多趣味でも知られる。Vシネマにおいては「SAEKO」という作品で、当時まだデビュー間もない無名時代の常盤貴子主演の作品で共演しており、常盤演じるSAEKOの用心棒役で、その役名も藤原で常盤に「ふじわらーっ。」と呼ばれていた。
「オールスター感謝祭」(TBSで毎年春・秋の特番)に於いてはよくスポーツ物のアトラクションがあり、相撲もよく催されるが、藤原とチャック・ウイルソンの一騎打ちというのが恒例となっていた。真剣そのもの(特にチャックは瞳孔が開きっぱなし)であった。
なお一方的に何も出来ず終わってしまったが、熊と戦ったことがある(手の爪をカットした熊である)。ただ、後にこの対戦に関して格闘技に関する本に「何もしないのが最大の防御(下手に踏ん張るとダメージが大きくなる)だった」と記述されている。力学台車の実験のように飛ばされたが、素晴らしい運動能力所以であると言える。
漫画家・大橋ツヨシの作品に、彼を主人公とした4コマ漫画『藤原でございます』がある。
(以上、ウィキペディアより引用)
声がめちゃめちゃイカツイです…。
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